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辻村深月の『スロウハイツの神様』が舞台化! 脚本・演出家の成井豊 … – ダ・ヴィンチニュース


 演劇集団「キャラメルボックス」と、作家・辻村深月のコラボレーションがこの夏、実現する。小説『スロウハイツの神様』が、脚本・演出家の成井豊の手により舞台化され7月5日から16日まで公演が開催される。辻村作品はほとんどすべて読んでいるという成井豊。高校時代に初めてキャラメルボックスを観て以来、魅せられ続けているという辻村深月。共鳴しあうふたりの作家の対談がここに実現。辻村深月の最新刊『かがみの孤城』(ポプラ社)の感想を皮切りに、それぞれ作品に対する想いなどを存分に語り合った。

■読者の先読みをことごとく裏切り、感情のリアリティに圧倒させられる『かがみの孤城』


成井豊(以下、成井) 読みましたよ、『かがみの孤城』。いやあ、これは力作でしたね。

辻村深月(以下、辻村) ありがとうございます!

成井 ファンタジーの王道である「行きて帰りし物語」。もうだいぶやり尽くされてしまった感があったところに、この手があったか! と驚かされた。こちらの先読みをことごとく覆して展開するので、翻弄されまくりでしたよ。たとえば、主人公のこころが、せっかく異世界に誘われているのに、全然冒険しないところとか。

辻村 物怖じして、最初は行かなかったりしますしね(笑)。

成井 そう。行ったかと思えば、同じように呼ばれた中学生たちと、ずっとゲームをしているだけ。普通、異世界に行ったらまず、とんでもない出来事が起きて巻き込まれるものなのに。ものすごく期待感を煽られているだけに「あれっ」と思うんだけど、それが肩透かしというわけでなく、「なんだこれは」とむしろ惹きこまれていくという。

辻村 鏡の向こうにある孤城に集められたのは、学校に通えていない中学生7人なんですが、まずは読者の方々にも、彼らと一緒に城へ通ってほしいという気持ちがあったんです。

成井 不思議ですよね。こころたちは、学校には通えないのに、城には通っている。各々事情は違うけど、そのことが全員にとっての癒しになっていく。でもだからといって、辻村さんはむりやり彼らを仲良くさせたりしないんですよ。ちょっと仲良くなれたと思っても、次に会ったとき相手の態度がちがうと不安になったり、ほんの些細なきっかけで気まずくなったり。そのあたりの心の機微がものすごくリアルで。


辻村 中学生って、めんどくさいんですよね。大人は「そんなこと誰も気にしてないよ」「もうちょっと上手くやったら」って思うことにも、ずっと囚われていたりする。その一つ一つを蔑ろにしたくなかったんです。

成井 僕らの学生時代には、学校に来なくなる子供というのはほとんどいなかったんですよ。だから、こころのような子がどうしてそこまで傷ついてしまうのか、親に何も言えないのはなぜか、いろんな本を読んでみてもいまいち実感としてわからなかった。でも、この作品を読んで全部わかりましたよ。正直、こころにはじれったくなることもあったんですけど。

辻村 最初は、ほとんど自分から行動しませんからね(笑)。

成井 だけど辻村さんが焦らずに、こころが成長するのを一ミリずつ、じっくり見せてくれたから。彼女が何に怒り、何に怯えていたのかも、ちゃんと理解することができた。たとえば、こころが学校に行けなくなった原因の事件。読んでいて僕も、こころと一緒に恐怖を覚えました。たったこれだけのことで、こんなにも人は脅かされるのか、と。

辻村 よかった。まさにその感情を表現したかったんです。大人にとって些細に見えることが、子供にとってはどれほど決定的なことになりえるかということを。


成井 怖かったですよ、すごく。この小説はホラーじゃないはずなのに。僕はお芝居を作る上で、どうしても派手な事件を起こしがちなんだけど、天変地異や殺人がなくても、日常のなかに劇的な恐怖をもたらす事件は潜んでいる、ということを教えられました。そんなふうに彼女たちは、一見冒険していないように見せて、実は大冒険をしている。そのことが伏線となって、ラストの畳みかけるような展開へと繋がっていく。ラストはもうほんと、騙されました!

辻村 うわあ。嬉しい。

成井 伏線の嵐ですよね。実は○○が××だったとか、ほんとよくできている。いや、あやしいとは思っていたんですよ? でもまさか、まさかな~~~。

辻村 (笑)。

成井 なぜあのとき疑いを深めておかなかったんだ! という悔しさはありますが、でも、それもまた快感なんですよね。読んでよかったです、本当に。

■キャラメルボックスとの出会いがなければ『ぼくのメジャースプーン』は生まれなかった


辻村 私の作品って、実はものすごくキャラメルボックスの影響を受けているんです。

成井 えっ、そうなんですか。

辻村 高校時代に『俺たちは志士じゃない』を観たのが最初で、すっかりドはまりしてしまい、公演のたびに足を運んでいます。『嵐になるまで待って』は友達に借りたビデオで観たんですけど、あの作品がなければたぶん、『ぼくのメジャースプーン』は生まれていないんですよ。

成井 ええっ?

辻村 私も何年か経った頃に気づいたんですけど。発する言葉が呪いになるという設定が新鮮でした、と褒められたときになんだか違和感があって。『嵐に~』が声の呪いについて描いていたからだ、と思い当たったんです。成井さんの生み出したその設定に衝撃を受けたからこそ、私も『ぼくの~』を書いたんだ、って。

成井 いやはや、光栄です。

辻村 それから、成井さんのお芝居には必ず語り手がいるんですよね。物語が進んでいくうちに、誰だかわからなかったその人が姿を現し、物語に合流していく。今回、舞台化していただく『スロウハイツの神様』で、私の原作が「赤羽環はキレてしまった」「チヨダ・コーキの話をしよう」という、語り手不明の章タイトルをつけているのも、無意識にその影響を受けていたからだと思います。


成井 僕は逆に、その語り口がかっこいいなと思っていましたよ。それから、辻村作品はどれも群像劇であることが魅力的だなあと思います。『かがみの孤城』はこころだけの視点で進みますけど、それでも、登場する全員に対する感情表現が細やかで。僕には書けない、というか辻村さん以外の誰にも書けない、といつも思わされます。

辻村 あの、でも、私がキャラメルから学んだことの一つが、誰のことも疎かにしないということで。

成井 え!

辻村 誰一人として、物語を成立させるための駒ではなく、それぞれに正義がある。自分の思う正しさを貫いた結果、誰かにとって悪になることがある。いつも、そんな描かれ方をしているのを観て、一人ひとりの心にちゃんと落とし前をつけてあげなくちゃと思わされるんです。

取材・文=立花もも 写真=花村謙太朗

【後編】観た後に悲しみではなく幸せの涙を流せるのが“キャラメルボックス”の舞台 辻村深月×成井豊対談




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