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落語に隠された彼女の「嘘」とは? 嫌とは言えない男子高生に訪れた、運命の出会い『君の嘘と、やさしい死神』 – ダ・ヴィンチニュース

『君の嘘と、やさしい死神』(青谷真未/ポプラ社)

 いやなことは、はっきり嫌だと言う。自分自身を損ねてまで、他人とかかわりあう必要はない。そんな当たり前のことを、人はいつから忘れてしまうんだろう。嫌われたくなくて、居場所を失いたくなくて、すべてにイエスを言い続ける。だけど漫然と受け入れ続けたところで、他人が自分を大事にしてくれるわけじゃない。自分が他人に優しくできていることにもならないのだと、『君の嘘と、やさしい死神』(青谷真未/ポプラ社)を読んで気づかされた。

 あるトラウマがきっかけで、ノーといえない極度のおひとよし高校生・百瀬太郎。通称モモタロウ、転じてモモ。頼られるといえば聞こえがいいが、面倒を押しつけられる使いっぱしりのようなもの。学園祭なんて大イベントの前には、スケジュールの隙間がないほど周囲にひっぱりまわされる。いまどき携帯電話ももっていない同級生の美少女・玲と出会ったのもその一環だった。ただでさえ忙しいのに、モモは、彼女が学園祭で落語を披露する手伝いをさせられることになるのだが、自分の用事にはふりまわすくせに、モモが他人の言いなりになるのが気に食わない玲は、モモや友人たちに一喝してまわる。なぜ自分でできることを、他人に押しつけるのか。なぜ嫌なものは嫌、無理なものは無理と言わないのか。人生はあっというまに過ぎていくのに。時間は有限ではないというのに。

 この時点で、予感がよぎる。もしかして彼女には、時間がないのではないだろうか。でも、だとしたら、なぜ。なぜ彼女は落語を選び、モモを選んだのか。「佃祭」と「死神」。彼女が気に入るふたつの小噺が、その謎を解くためのキーワードだ。とくにタイトルにもある「死神」。寿命のろうそくをつきつけられた男の末路は、バリエーションもさまざまだ。語る人によって怪談にも喜劇にも変わるその話が、強気の笑顔でひた隠しにしてきた彼女の「嘘」を暴き出していく。

 モモが決して「嫌」と言わないのは、誰のことも傷つけたくないから。仮に自分が損なったとしても、誰かが傷つくよりはましだと思えるからだ。だが、なんでもかんでも受け入れていると、自分が本当に望んでいることがなにかわからなくなってしまう。全員に優しいようで、誰にも優しくなかったモモは、「嫌」を覚えることで、自分が大事にすべきものが何か、「好き」という言葉の本当の大切さを知っていく。

 人は誰も、自分のためだけには強くなれない。同時に、自分をないがしろにし続けていたら、誰にも優しくなんてできない。誰かと繋がるためには、自分のことも他人のことも同じくらい大事にしなくちゃいけない。本書は、玲の強さとモモの優しさにそんなことを教えられる物語だった。

文=立花もも




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