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涙が止まらない! 今注目を集める”活版印刷”、川越が舞台の「三日月堂」には、今日も悩みを抱えたお客がやってくる… – ダ・ヴィンチニュース

 今やパソコンとプリンターさえあれば、誰でも印刷物を作れる時代。しかし、かつては鉛製の活字をひとつひとつ並べ、できた版にインキをつけて紙に刷るという気の遠くなるような作業を行っていた。実は今、こうした印刷技術「活版印刷」が注目を集めている。“データ”ではない、実体のある活字ならではの手触り、刷り上がった印刷物の端正なたたずまいが、若い人にとっては逆に新鮮に感じられるのかもしれない。

 ほしおさなえさんの『活版印刷三日月堂(ポプラ文庫)』(ポプラ社)は、そんな活版印刷をモチーフにした連作短編集だ。昨年6月に発売された第一作はじわじわと人気を広げ、静岡書店大賞を受賞するなど静かな話題に。続く第二作『活版印刷三日月堂 海からの手紙(ポプラ文庫)』(ポプラ社)も、大きな注目を集めている。

 物語の中心にあるのは、川越の路地裏にたたずむ「三日月堂」。祖父母の代で閉店したが、最近になって28歳の孫娘・弓子さんが受け継ぎ、ひっそりと営業を再開した活版印刷所だ。とはいえ、今はまだ大型印刷機は動かせず、稼働しているのは「手キン」と呼ばれる手動式印刷機のみ。ショップカードや名前入りのレターセットなどを、1枚ずつ丁寧に刷り上げている。

 三日月堂を訪れるのは、心に“何か”を抱える人たち。迷いや悩み、ぼんやりとした不安、胸の奥底に横たわる鬱屈。活字を紙に刻むことで、彼らは言葉にならない想いと向き合っていく。

 例えば、初めての朗読会に臨む4人の女性たち。言葉を声にする難しさ、人前に立つ不安を抱えながらも、彼女たちは朗読で心を解き放つ喜びを実感する。活版で刷られた朗読会のプログラムは、4人の瑞々しい感動を閉じ込めたかのように凛として美しい。

 例えば、大人の階段を上りかける11歳の男の子。両親から「生後まもなく亡くなった姉がいた」と告げられ、少年は生まれて初めて「死」を意識する。「あわゆき」という亡き姉の名前を刻んだ名刺は、彼女が生きた証として消えることなく家族の手に残る。

 例えば、恋人と別れ、未来を見失った銅版画家。弓子さんと出会った彼女は、やがて表現することへの意欲を取り戻し、2人で手のひらサイズの豆本を作りはじめる。貝殻の銅版画と詩を組み合わせた豆本は、宝物のような輝きを放つ。

 例えば、病気で会社を辞め、家族ともども実家のある川越に引っ越してきた中年男性。彼の亡父は編集者崩れのライターで、行き当たりばったりの人生を送ってきた。内心、「父のようにはなりたくない」と思ってきたが、亡き父が遺したコラムを読み、思いを新たにする。

 活版で言葉を刷ったからといって、ただちに悩みが解決するわけではない。しかし、鋳造された活字を人の手で並べ、弓子さんが手ずから刷り上げることで、静かな決心や忘れたくない記憶が紙にくっきりと刻みこまれていく。文字に存在感があり、その重さや手触りの伝わる活版印刷だからこそ、刻まれた言葉が人の心を動かすのだろう。4編の登場人物はみな、ささやかな印刷物を手にすることで、すっと背筋を伸ばし、前向きに生きる力を取り戻していく。

「怖いことはたくさんある。人はいつか死んじゃうものだとも思う。でも、生きなきゃ、と思った。辛いことがたくさんあっても、いっぱいあとがついても、ちょっとのあいだだったとしても、ぼくは生きているんだから。」
「わたしも飛ぼう。低くても、遠くまで行けなくても。行き先があるかわからなくても。飛べるかぎり飛んでみよう。」

 彼らの決意に、読者の心にも優しくて強い力がじんわり湧き上がってくる。生きること、死ぬことにしっかり向き合った言葉の数々は、活版印刷のたたずまいのように、しんとして美しい。

 また、第二作では弓子さんの心にも静かな変化が訪れる。前作では両親も祖父母も亡くし、心にぽっかりと穴が開いていた弓子さんだが、さまざまな人々との出会いを通じて、ついに大型印刷機を動かそうと意を決する。眠りから覚めた印刷機がどんな言葉を刻むのか、続く第三作にも期待したい。

文=野本由起





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